銀河の逃避行

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「パラサイト 半地下の家族」ネタバレなし感想。貧困からの脱出を極上のエンターテイメントに!

 カンヌでパルムドールを受賞した話題作、「パラサイト 半地下の家族」を観てきた。

私は賞をとったからと聞いて映画館に行くほどフットワークは軽くないが、興味が湧いたのは、町山智浩さんの解説記事を読んだからだ。

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パラサイト 半地下の家族/ポン・ジュノ監督 ソン・ガンホ主演

 

貧困を扱った映画に妙に惹かれる

 

私が興味を持ったのは、この作品が「貧困」を描いている、ということ。昨年末「ジョーカー」を観て、これは来るべき近い将来の話かもしれない、と感じるところがあったからだ。あれは福祉の援助を切られた哀れな男の顛末を描いた作品であった。

 

なぜ私が貧困に興味を持つかというと、私自身がロスジェネ世代というやつで、経済的に貧困スレスレな賃金で生活しているから。突然の病気やけがでいつ転落してもおかしくない。「将来は生活保護を視野に入れて人生設計をしている」、と友人には冗談を言うが、決して笑い事ではないと感じている。

 

金融庁の「老後2000万」発言はかなりショックを受けた。少しずつ、ほんの少しずつ貯金もしていたのだが、ぷつんと糸が切れたようになって、貯金をするのがバカらしくなり、ほどほどに浪費している。昨今の政治のニュースやツイッターの意見などを目にするたび、世の中がおかしな方向に向かっているな、というのは常々感じている。

 

そこへ来ての「ジョーカー」だったから、どんどん追いつめられて壊れていくジョーカーを我が身と重ねて、七人の侍じゃないけど、「こいつは、俺だ!」と思った。そして、いけないとは思いつつもジョーカーが起こす蛮行に胸がすーっとしてしまったのだ。この映画が危険視された理由は理解できる。これは人を過度に刺激する映画だ。

 

そして面白いことに、町山智浩さんが指摘しているのは、同様のテーマを描いている作品が同時多発し、しかも賞を受賞していると。賞を受賞するということは、同じことをみなが感じて支持したことの証左。みんな「世の中がなんだかおかしい」と思っている訳だ。

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↑の記事では、是枝裕和監督の「万引き家族」、ジョーダン・ピール監督の「アス」、ケン・ローチ監督の「わたしは、ダニエル・ブレイク」などを引き合いに出していて、私はどれも観たことがなかったので、とりもあえず「万引き家族」を観てみた「パラサイト 半地下の家族」を観る前の予習として。

 

万引き家族を観て予習

 

万引き家族」は、年長の老女が受け取る年金と、家族それぞれが日雇い、性風俗クリーニング屋の仕事、そして万引きで一家の家計を回していく、という話だった。

福祉の目も届かない日陰の一軒家で、貧困の苦労を手で払いつつ、日々を楽しみながら、時に法を犯しながらたくましく生きていく一家に、あんまり軽々と使いたくない言葉ではあるが、「絆」というものが確かに感じられた。

 

詳しくは言わないが、ストーリー後半で家族はいわゆる「世間の正論」「常識」というやつを突きつけられることになるが、画面の向こうのことではあるものの、ムキになって言い返しそうになる私がいた。誰もが好き好んで貧困生活を選んでいる訳ではない。貧困から脱出できない社会の仕組みに問題がある。

 

 

もう一つ、予習をした。

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中村淳彦著/東京貧困女子。彼女たちはなぜ躓いたのか

 

「東京貧困女子。彼女たちはなぜ躓いたのか」を読んで気持ちが沈む

 

 

ノンフィクション・ライターの中村淳彦さんによる、「東京貧困女子。彼女たちはなぜ躓いたのか」を読んだ。はっきり言うが、この本は読んだ後に陰鬱な気分になる。そのくらい生々しく、貧困に喘ぐ女性たちの漏らす不平不満や諦観が伝わってくる。

 

保育士や介護士派遣社員、図書館司書などのワーキング・プア。シングルマザー、受験地獄で精神を病んだ子、奨学金の返済に追われるOL。そして風俗に足を踏み入れた女性のその後。貧困状態にある個々人のストーリーを収録しているが、背景には生まれや育ち、家庭環境や政策、健康状態や人格など複雑に絡み合っている。

 

役所で働く非正規職員、いわゆる「官製ワーキング・プア」の女性の発する言葉が重い。引用しておく。

「一緒に働く2割くらいが正規の公務員の方々です。正規の方々が職場で話していることは、買い物とか旅行とか、子どもの教育とか、そういう話です。正規でちゃんとしたお給料があって、家族で暮らしている人たちは、子どもにたくさん習い事をさせて、年に何度か海外旅行に行くんだ……って。なにか別世界というか。私は飛行機代がなくて、いまの職場で働き出してから一度も実家に帰れていないのに。この差って、なんなのでしょう?仕事を真面目にやっているだけではダメなのでしょうか。」

 

貧困は固定化し、一度はまったら中々抜け出すことは困難だ。これは我が身を振り返ってもそうだ。私も何度もあがいているが、そのたびに希望を切り捨てていくはめになる。そのうち大きな諦めが心を占める。

 

この本で紹介する女性は、大学の学費を払うために風俗で働いたり、将来に対する絶望から精神を病んだり、貧しさゆえ自己肯定感が持てず、恋愛や結婚を諦めたりと、貧困がもたらす病巣の根は深い。

 

はあ、ここまで書いて気が重くなってきた。

 

 

「パラサイト 半地下の住人」は極上のエンターテイメント!

 

 

で、「パラサイト 半地下の住人」である。

 

これまでに「貧困」についての胃がもたれるような重い話題ばかりしたので、勘違いが生じたかもしれないが、「パラサイト 半地下の住人」は、そんなこと考えなくてもひたすら楽しく鑑賞できる極上映画である。そして、優れた作品には優れたメッセージがこめられているものだ。

 

この映画で描いているのは貧困問題だけではない。環境問題も、社会格差も、地域格差も、あらゆる問題を取り込んでおきながら、コメディとアクションとサスペンスとホラーといろんな切り口で観る方を飽きさせない、奇跡のような映画だ。

 

パンフレットからあらすじを引用すると、

全員失業中、”半地下”住宅で暮らす貧しいキム一家。長男ギウは、ひょんなことから”高台の豪邸”で暮らす裕福なパク一家のもとへ家庭教師の面接を受けに行く。高給の就職先を見つけた兄に続き、妹ギジョンも豪邸へ足を踏み入れるが…。

 

 要するに次々と家族を金持ちの家に「偽装させて」就職させるストーリーで、家族がそれぞれ能力や個性を発揮して潜り込むのは痛快だし、金持ち一家にいつバレるのかとヒヤヒヤさせられる。この展開だけでも十分面白いのだが、さらに物語は二転三転していき、私は映画館で身を乗り出すようにして観てしまった。

 

私は最後にはカタルシスを得られたし、終わり方も良かった。いくつかある伏線の回収も見事に果たされる。声を出して笑ったシーンもあった。

 

果たしてキム一家は貧困から脱出できるのかどうか。意見が分かれる終わり方になっている。今すぐ誰かと話し合いたい気分になる。

 

 

世界の「うねり」

 

 

世界の映画監督がこぞって「貧困」をテーマに選ぶ、という現象は面白い。私もはっきり言って、将来の見通しの悪さにはうんざりしている。全部が貧困のせいにはできないけど。「貧困」にいくつものスポットライトが当てられているということ、これは資本主義の作り出した現在の世界の歪みをただそうと、世界が少しずつうねりだしているのかもしれない。

 

昔はともかく、今の日本はデモやストが起きにくい国だ。牙を抜かれて飼いならされているのだろうか。違うと思う。じっと耐えている。耐えるには限界がある。生かさず、殺さずは何も昔の話じゃない。我慢が限界を超えたとき、この先に待つのは、令和のええじゃないか、か百姓一揆ならぬ低層国民一揆か。民衆はいつの時代も為政者になめられっぱなしだった訳ではないのだ。

 

映画界からのメッセージがどんな風を起こすのか。上と下がそっくりひっくり返るような何かが起きるかもしれない。怖くもあり、わくわくもする。

 

 

 

 

 

 

www.ruth-etting.com

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