歌声に特徴のある人がいる。ハスキーな声、枯れた声、艶っぽい声、金切り声、ささやくような声など。森進一のような嗄声の持ち主もいれば、ニューヨークのため息なんて形容される声の持ち主もいる。
今回取り上げたいのは、”だみ声”歌手だ。
最近ではこういう歌手はまず見かけない。市場の競りのおじさんや酒の飲み過ぎで酒焼けしたスナックのママなど、声自体の持ち主はかろうじて生存確認できるが、歌い手となるといない。
柳沢慎吾がタバコの箱のフィルムを口に近づけて震わせて、わざと音の悪い無線を再現した声ものまねを披露することがあるが、
そのフィルムがもともと声帯に備わっているのではないか、と思う歌手が昔は結構いた。
そんな歌手たちをご紹介していきたい。
ぴんから兄弟の宮史郎
キング・オブ・だみ声、宮史郎である。のどに金ヤスリでもかけたのかというくらいだみ声だが、いかんせん歌唱力がすごいので、相乗効果でとにかく人の耳を惹き付ける。「女のみち」は420万枚売れて、子門真人の「およげ!たいやきくん」に次いで日本で2番目に売れたシングルレコードである。
なぜ2匹目のドジョウを狙って歌い方を模倣する歌手が現れないのか不思議である。まあ、どうやったらこんな声になれるのかがわからないが。あと髪型も。
もんたよしのりは、ハスキーボイスを獲得するまで、河原で大声で叫んだりして喉をひたすらつぶしたと聞くが、宮史郎はもっとナチュラルボーンな気がする。
太子乱童
だまされたと思って、最初のイントロからAメロをじっくり聞いてほしい。普通に伸びやかな歌声だと思うだろう。
0分49秒、サビに入ると、歌声は人が入れ替わったのかと思うほど激変する。声色を使う、という生易しいものではない。間違ってファズやディストーションのエフェクターをボーカルのパートにかけてしまったのかと思うほどだ。
声の豹変にばかり注目がいくが、曲や演奏もとてもいい。うん、いいレコードだ。
松平ケメ子
ファズギターとピロピロオルガンが好事家の胸を躍らせるハレンチサイケな一枚。やさぐれてやけっぱちな歌声。パンチがある声と言えばそうなのかもしれないが、パンチしかない声、とも言える。
B面の「問題はネ、ハートだよ」という曲がものすごくいい歌詞で元気づけられるのだが、YouTubeにはあがってなかった。残念。
岡千秋
マッシュルームカットに口ひげという、ビートルズの前期なのか中期なのか後期なのかよくわからないスタイルがトレードマークの岡千秋。だみ声というよりも、ドスの効いた声、という方がしっくりくるかもしれない。
「芸のためなら女も泣かす」「酒や酒、酒もってこい」など、前時代的な歌詞が並ぶが、この世界観にロマンを感じる人は一定数いるはずだ。「王将」の「愚痴も言わずに女房の小春〜」みたいな。
コンプライアンスの厳しい現代で、もし発表したら発禁処分になるのではないか。フィクションさえも槍玉に挙がる世の中、どうなんだろう。
ちなみに、作詞家のたかたかしは松崎しげるの「愛のメモリー」を書いた方。
いかりや長介
最初はグー、またまたグー、いかりや長介頭がパー、正義は勝つ。
チョーさんはメンバー全員に突っ込む役目だったから、自然とあんな声になったのかもしれない。
カントリー・ウェスタン調のこの曲、妙にいい曲だ。
間奏を挟んで3番でいかりや長介がリード・ボーカルをとる。唯一無二のだみ声には苦労性の性格がにじんで聞こえる。
一方でファンク・ナンバーのこの「バイのバイのバイ」ではいかりやの「ゲロッパ!」というシャウトが聞ける。しびれる。かっこ良いな。
というわけで、だみ声の歌い手を紹介してみたが、どういう発育をしたらこのような声が生まれるのかとても興味がある。
年中潮風を浴びるような環境とか(岡千秋は離島育ち)、しょっちゅう声を張り上げないといけないライブステージでの仕事環境とか、喉に過酷な環境がひょっとしたら影響しているのかもしれない。
もっと言うと、だみ声は通信や音響のテクノロジーの発達で失われていく貴重な声サンプルなのかもしれない。