作詞家の阿久悠が著した、『夢を食った男たち「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』を読んでいる。
スタ誕にまつわる回顧録で、むちゃくちゃ面白い本なのだが、
その中にオイルショックの時のことを書いた文章があった。
「一九七三年から四年にかけて、世の中、あまりにも暗かったからである。この暗さはたまらないと思い、暗さを呪う歌よりは明るいものにしようと思った。」
阿久悠が、「スター誕生」で優勝した伊藤咲子に用意したデビュー曲の歌詞のタイトルを「ひまわり娘」にした理由としてそう述べている。
「トイレット・ペーパーの買いだめ騒ぎが起こり、さらに、買いだめは、洗剤、石鹸にひろがり、十一月なかばには政府から節約令が出、ついには、スーパー・マーケットから洗剤が消える騒ぎになった、などという狂騒曲、笑えぬ喜劇が続いていたのである。」
「暗さは街の灯を制限し、テレビの深夜放送も打ち切りになった。NHKは、午後二時三十五分から三時三十分までの間と、午後十一時以降を休みとし、資源節約は只事でないということを知らしめた。」
「この省エネルギーの傾向はその後五年もつづいた」
と綴っている。
今のコロナ騒ぎや東日本大震災の時を思わせる。
コロナ・ウイルスの特性から、人が集まる、ということに対して制約がかかるようになった。
人が集まることが禁じられると「不要不急」な文化活動やスポーツ活動などが出来にくくなり、外出すらためらわれる空気になっている。もちろん、経済活動も大きなあおりを食らっている。
オイルショックの時は資源の節約ということであったが、今回のコロナ騒動は人の移動や集会が制限される。となれば今回だって、そのうちテレビ放送の時間が短縮されたりもするなんてこともありうるのかもしれない。働き手が会社に集まれなかったりもするだろうから。
今からまだまだ感染は広がっていくのだろう。「コロナ疲れ」なんて言葉も出てきて、人々はすっかり「自粛要請」の雰囲気に飽いてしまっている。でもどうやら戦いはこれからのようだ。
木々が芽吹いて春が来ているというのに、この「暗さ」は耐え難いものがある。
この世界全体が暗い雰囲気の時に、一つも流行歌がないのは寂しい話だ。乗り越えた後に、「あの時はこんな歌が流行ってて〜」などと思い出話でもしたいじゃないか。
今こそ15歳の少女が歌った「ひまわり娘」を改めて聞くべき時なのかもしれない。阿久悠が暗い世相をどうにかしたいと思って編んだ詩。
【HD】 伊藤咲子/ひまわり娘 (1974年16歳デビュー当時)
見よ、この元気っぷりを。サビ前からグン、と声量が上がるところで、一気に引き込まれて心を掴まれる。絶やさない笑顔もいい。笑いながら歌われるとなんかこっちまで口角が上がってしまうではないか。
ひまわり娘の作曲者はシュキ・レビ。シュキ&アビバというイスラエル人デュオを組んで日本で活動していたが、裏方に転向した(後に映画監督をしたり、海外でパワーレンジャーの監督をしてヒットさせたり、多才な人)。
なんというか、シンプル・イズ・ベストで牧歌的なのどかささえある「ひまわり娘」の曲調だが、それが溌剌とした伊藤咲子のキャラクター、そしてまっすぐな歌声と出会って、スタンダード曲な風格さえ漂わせる。天衣無縫とはこのことか。
『夢を食った男たち「スター誕生」と歌謡曲黄金の70年代』のなかに、こんなエピソードがある。
「伊藤咲子が、わが家のどこかから見つけて来たヌード写真入りの雑誌を、面白がってみようとしたら、桜田淳子が泣かんばかりの剣幕で、不潔だ、そんなもの見ないでと言い、このくらいのものが何よとかどうとか、少々もめたらしい。(中略)ヌード写真に過剰な嫌悪感を示し、異常なほどの潔癖性を示した桜田淳子と、いいじゃないのこれくらいと言った伊藤咲子と、その間でどちらもたいしたことがないといった顏で見ていたであろう岩崎宏美と、それだけのことだが、妙に暗示的ではある。」
それぞれの立ち位置が面白く、岩宏美の冷静さが浮き立つエピソードだが、伊藤咲子のおきゃんな(死語)ところもよく表れている。
編曲はケン・ギブソンで、この人は初期ビートルズのアレンジをした人だ。すごい人選。しかもデビュー曲でロンドン録音。スタ誕で優勝するということはこういうことなのだ。
付け加えると、録音でロンドンに行く道中はあまり愉快ではなかったようで、
『日本も暗い、ロンドンはなお暗い、この寒さを、「ひまわり娘」などという歌一つで明るくしようなんて思うのが、そもそも楽天的にすぎるというもので、こりゃ駄目だな、このレコードは売れないし、伊藤咲子も気の毒ながらスターにはなれない、と絶望的になっていた。」
と心情を吐露している。
確かに歌一つで何も状況は変わったりはしないだろうけど、それでも求めてしまうんだよね。何か心に小さな灯りをともしてくれるような歌を。
そんな伊藤咲子の歌からもう一曲。「きみ可愛いね」。ジャケットのフォントも可愛い。
ニッコニコで易々と歌い上げられると、なんだか元気になっちゃう。
いい歌手だなあ。
さて、疫病との戦いはまだまだ続きそう。しっかりと栄養つけとこ。
以上。